「はやくはやく!宍戸さん!バス出ちゃいますよ!」
 大柄の青年が振り返ってそう言うと、テニスバッグを肩にかけて後ろから走ってきたもうひとりの青年が怒ったように叫ぶ。
「ああ!?てめ、誰のせいで遅れたと思ってんだよ!」
「えっ俺のせいですか!」
「決まってんだろ!」
 遠くに見える停留所には、すでにバスが停車している。休日なので、氷帝学園行きのバスの本数は平日よりはるかに少ないはずだった。
「大体長太郎てめえ、連絡してくんのが遅いんだよ!」
「だって、俺のとこに忍足先輩から連絡あったのも昨日なんですよー!」
 久々にテニス部OBで集まろうと言い出したのが誰だったのかはわからないが、それでも高校卒業以来、久々の再会である。遅れるわけにはいかない。
「俺少し持ちますよ、宍戸さん」
「当たり前だ!……ってうわっ、てめえ!」
「わっ、ご、ごめんなさいっ!!」
 少々強引に引っ張られたためかファスナーが開いてしまい、宍戸のバッグからラケット数本と無理矢理詰め込まれていたテニスボールが転がり落ちる。
「あー、バス出ちゃう!行きましょう!」
 落ちたラケットやボールを慌てて拾い上げ、鳳は宍戸の腕を掴んだ。
「おい、まだ拾い終わって……」
「ボール1個くらい後で弁償します!早く!」
「てめ……後で覚えてろよこのバカ!」
 大きな後輩の勢いに圧倒されながら、宍戸は腕を掴まれるまま、バス停に向かって駆け出した。

 

 

 

****

 

 

 

「……おかあさん、これなあに?」
「あら?どうしたの?」
「いま、ひろったの」
 小さな両手で大事そうに黄色いボールを抱えた少年に、母親は優しく微笑んだ。
「これはね、テニスのボールよ」
「テニス?」
「そう。ラケットっていうのでね、このボールを打つの」
「ふうん。おもしろいの?」
 澄んだ青い瞳でじっと見上げてくる少年の淡い茶色の髪を撫でて、母親は頷いた。
「楽しいわよ。やってみたい?」
「……うん!」
「じゃあ、今度連れて行ってあげるわね」
「ほんとに?」
「本当よ。さ、行きましょうか」
 両手でボールを持ったまま、少年は嬉しそうにうん、と頷いた。

 

 

 

 

 

ふたりがこの街でもう一度出逢うのは、また別のお話。




あとがき


 

 

 

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