「このガキ……騎士でもねえくせに」
「そのガキに負けてんのは誰だよ」
「貴様……」
リーダー格らしい騎士のひとりが、足元に倒れたふたりの仲間を見下ろし苦々しげに舌打ちした。その様子に、宍戸はにやりと笑う。
タチの悪い騎士の集団に囲まれたのはつい先程。跡部と行動を共にし始めてから、こういったことに巻き込まれるのは珍しいことではなかった。おおかた、騎士団に所属できないような素行の悪いゴロツキのような人間たちなのだろう。しかも一般人ではなく騎士なのであれば、手を出したところで何の不利益もない。
「騎士じゃねえのにファティマ連れ歩いていいと思ってんのかよ!いいからその人形を渡しやがれ!」
仲間をふたりやられたその男の発した『人形』という言葉に反応し、宍戸は一度下げていた剣をゆらりと構えなおした。
「俺の前でこいつらをそう呼ぶな」
「あぁ?」
「まとめて相手してやるよ、オッサンたち。……跡部、離れてろ。20分でカタつけてやる」
少し後ろからそれを眺めていた跡部は、腕を組んでフンと笑った。
「20分?15分で何とかしろ」
「……あーあー、わかったよ!てめえら、行くぜ!」
この上なく面倒くさそうな表情をしつつ、しかしその黒い瞳に戦うことのできる喜びを一杯に湛え駆け出していく宍戸に、跡部はふうと息をついた。
ずきり。
頭の奥が痛む。
(……)
跡部は目を細めた。封印されたはずの記憶の断片がフラッシュバックする。
自分の前で、技をぶつけ合い戦う騎士たち。
おびただしい血を流し倒れていく騎士たち。転がった腕、千切れた足、虚ろな目を自分のほうに向けた、胴体から切り離された首。
(……もう少し、待ってくれ)
頭を軽く振って、顔を上げる。一斉に飛び掛ってくる相手の騎士たちをいとも簡単に倒していく宍戸が見えた。この分だときっと、15分もかからないだろう。
広場には騒ぎを聞きつけたたくさんの野次馬たちが集まっている。人ごみに紛れて、いつか宍戸に連れられて行った店の主人の人のよさそうな顔が見えた。宍戸を見守る心配げな様子に、跡部は思わず笑った。
あの子強いねえ、そんな呑気な声が後ろから聞こえた。ああ、あいつは強くなるぜ。そのへんの騎士じゃ敵わなくなるくらいにな。
(……でも、)
強くなりたい、真っ直ぐな瞳でそう言った彼。
(……)
どくん。
ふいに訪れたその拍動に、跡部はゆっくりと視線を動かした。
(……?)
本能に導かれるようにして顔を上げたその先で捉えたのは、群集に紛れるようにして宍戸たちを眺めているひとりの男の姿だった。
どくん。
(……あ)
その拍動が、思い違いなどではなかったことに気づく。跡部は胸を押さえた。背中から得体の知れない感覚がせりあがっていく。それは悪寒なのか、それとも――歓喜なのか。
”ヤット、ミツケタ”
(うるせえ、違う)
”タダヒトリノ”
(待てっつってんだろ!)
”我ガ――”
(黙……)
「おい、跡部?」
宍戸に声をかけられ、跡部は胸を押さえたままああ、と返事を返した。
「顔色悪いぞ。具合悪いのか?」
「……、いや、何でもねえ」
「とりあえず行こうぜ。やっぱ大した事なかったわ、あいつら」
宍戸は得意げに笑ってみせた。
「宍、」
名前を呼ぼうとした直後、宍戸の背後に近づいた影に気づく。
「…宍戸!」
「!」
宍戸が振り返る。剣を構え、今にも振り下ろそうとしていた残党のひとりらしき男に驚く間もなく、その男の身体はど、という音と共に地面に沈んだ。
「え…」
宍戸は剣を握りしめた。自分は何もしていない。
「アンタ……」
「……」
倒れた男の後ろに立っていたのは、左手に剣を持った男だった。宍戸とそう年齢は変わらないように見える。しかし、静かな佇まいではあったが、そこから発せられる”気”は、先日出会った橘や『天位』の騎士である真田と同等のものであるように宍戸には感じられた。あるいは、それ以上。
「……跡部?」
何も言わない跡部を不審に思って宍戸が振り返ると、跡部はただその青い瞳を見開いて、宍戸の背後に立つ男を凝視していた。
「おい……」
「お前か、噂になっている騎士見習いというのは」
宍戸の言葉を遮って、左手の剣を下ろし男は言った。
「……アンタ、何者だよ。助けてくれたのには礼を言うけど――」
「話は聞いた。騎士見習いの強い少年と壊れたファティマ」
言って、男は切れ長の目で真っ直ぐに宍戸を捕らえた。
「お前がそのファティマを連れ歩くために、このあたりでは無益な戦いが頻発していると」
「連れ歩くっつーか…てかアンタには関係ねえだろ!」
「壊れたファティマは工場に連れていくものと、星団法で定められてるはずだ。しかも街中でこんな騒ぎを起こすのは感心しない。騎士は戦場が戦いの場のはずだ」
「……何だよ」
宍戸は不機嫌そうに男を睨みつけた。
「関係ねーだろって。それともアンタもこいつが欲しいとか言い出すのか?」
まったくこんな我がままなファティマのどこがいいんだよ、とため息をつくと、宍戸は体勢を整え剣を構えた。
「相手になってやるよ」
男は静かに首を振った。
「そういうつもりじゃない。……お前は、俺には勝てない」
「やってみねえとわかんねえだろ」
宍戸は笑った。確かにそうかもしれない。けれど今は、自分に流れる騎士の血がこれ以上ないほどにその存在を主張している。興奮している、自分より強い相手と戦えることに。
男は諦めたように軽く息をついて、剣を構えなおした。
「仕方ない。相手しよう。お前の名は」
「宍戸。アンタは?」
「――手塚だ」
(駄目だ、宍戸)
跡部はふたりを凝視したまま、次第に強くなっていく拍動に胸を押さえた。
(お前では、その男には勝てねえ――殺される)
ずきり、と頭が痛む。もう時間はないようだ。
(もう少し……お前といたかったが)
仕方がないことだ。所詮は作り物の自分。定められた運命に、逆らうことはできない。己に課せられた使命と、もうひとりの自分の存在。
(どこかで、また会うことがあったら)
跡部は思う。作り物の自分に、どう生きたいのかと聞いた宍戸。自分たちの世界にはない言葉を聞いたような気がした。目の前にはきっとあるのに選ぶことのできない選択肢が、自分には多すぎる。どこまでいっても、自分はこうやって生きていくしかないのだ。だったら。
「宍戸」
「何だよ、お前は離れてろって」
手塚と対峙したまま振り返ることなく言う宍戸に、跡部は告げた。
「今度”俺”に会うことがあったら」
敵として出会ってもいい。そうでなくてもいい。お前の言葉で、命令を。
「……あ?」
この運命を、お前の手で終わらせてくれ。
「いくぞ」
手塚が構える。風が巻き起こった。
「いいぜ、来い!」
宍戸が応じる。おそらく勝負は、一瞬で決まる。
(死なせはしねえよ)
剣が煌いたその瞬間に、跡部は宍戸の前に飛び出した。
「どけ、宍戸!」
「!」
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